みつかることになる

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18年前に読んだタイトルも作者も思い出せない本を、当時借りた地元の図書館へ探しに行った

13年ぶりに地元の市立図書館に行った個人的な話。

 

◆小学生から高校生まで通った市立図書館

確か、小学生の頃に親に連れて行ってもらったのが初めてだった。

 

私の家には小説というものがなかった。

絵本はたくさん読んでもらったけれど

絵本を卒業した後に小中学生が読む本はなかった。

 

それでも小学校には図書室があった。

図書室の貸出カードが何枚目になるかを友達と競った。

貸出カードの記録を伸ばすために本を読んでいた。

こまったさん、かぎばあさん、ガンバの冒険ズッコケ三人組

伝記なんかもよく読んだっけ。

 

そんなこともあって、高学年になると

学校の図書室で自分が読みたい本はあらかた制覇していた。

 

 

そんな小学校高学年の頃、初めて行った市立図書館には

読んだことのない本がたくさんあった。

小学校の図書室にはなかった10代の向けの本や

大人の読む本がたくさんあった。 

 

荻原規子『空色勾玉』に出会い、本を読む楽しさを知る

それ以降、目新しさで市立図書館へ行くようになった。

そしてそこで1冊の本と出会い

本を読むことの面白さを知るようになった。

 

荻原規子さんの『空色勾玉』という本をそこで借りた。

誰に薦められたわけでもなく、なんとなく借りた。

厚い本で本棚で目立っていたから手に取ったんだと思う。

 

日本神話をモチーフにしたファンタジー小説

これが自分の世界が変わるほど面白かった。

想像力をフルではたらかせて読んだ。

主人公はどんな顔でどんな姿でどんな情景なんだろう、

自分の現実の生活よりも、その世界を考えていることが楽しかった。

3部作で続く『白鳥異伝』『薄紅天女』も夢中で読んだ。

 

荻原規子さんは数年前にアニメ化された

『RDG レッドデータガール』の作者。RDGも大好き。

空色勾玉 (徳間文庫)

空色勾玉 (徳間文庫)

 

 

 

 

 

森絵都『つきのふね』もこの図書館で借りた思い出の1冊

今年、森絵都さんの『みかづき』がドラマ化されているが、

森絵都さんの本もこの図書館で初めて読んだ。

児童文学の棚に置いてあった『カラフル』は

黄色の表紙が目を惹いていたのも覚えている。

 

森絵都さんの『つきのふね』も好きだった。

 

つきのふね (角川文庫)

つきのふね (角川文庫)

 

 

これは確か中学生になってから読んで共感して

中学生女子特有の世界に窮屈していた時救われた。

 

『つきのふね』は大学生の智さんというお兄さんがでてくるけど、

他にもこの図書館で中学生の女の子と

大学生のお兄さんが出てくる小説を読んだ。

 

あの本はなんていう本だったか、ずっと私は考えている。

本屋で『つきのふね』を見かけるたびに

あの本は何だったっけ、と頭をよぎる。

 

 

◆「一愚(いちぐ)」という登場人物の名前だけ覚えている

その本はタイトルも作者も覚えていなくて

でも思い出に残っている本だった。

・・・

中学生の女の子が、大学生の男の人と知り合う。

男の人とそのお祖父さんの関係が印象に残った本だった。

 

そしてその男の人の名前は「一愚(いちぐ)」って名前だった。

 

変わったその名前は彼の祖父がつけた名前で

人は誰でも愚かな部分がひとつは必要だ

という理由でつけた名前だった。

 

だけれど、一愚さん本人はそんな理由も知らずにいたし

祖父と関係がこじれていていた。

そして和解できないうちに祖父は亡くなってしまった。

一愚さんは祖父の日記を読んで

知らなかった祖父の思いを知っていく。

・・・

 

なんという小説だったんだろう。

一愚さんの名前の由来が印象的だった。

もう一度読みたい。 

 

「一愚」という名前を検索もしてみたけれどヒットしない。

もしかしてこの名前は私の記憶違いなのか。

いや、そんなことはないはずなんだけど。

 

多分その本を読んだのは18年ほど前のはずだ。

 

◆13年ぶりに地元の図書館を訪れる

ついに、昨年末に当時その本を借りた地元の図書館に行ってきた。

13年ぶりに訪れたそこは、当時はとても広く感じていたのに

今になってみると、寂れた小さな図書館だった。

あの時は大きな本屋も知らなかったから。

 

そして、一愚さんを探す。

当時自分が見ていた棚の場所は決まっていたので

本のタイトルや背表紙を一つずつ見ていって

見覚えのあるものをチェックしていった。

そう、こんな方法をとれるくらいに文学の棚は広くはなかった。

 

でも、見つからなかった。

 

 

◆18年ぶりに見つけた、梨屋アリエ『でりばりぃAge』

あの図書館で見つけられなかったけれど

諦めきれずにインターネットで探し続ける日々を送っていた。

 

Amazonを眺めたり

中学生向けの本をひたすら検索していた。

 

そしてついに、見つけた。

 

森絵都 『つきのふね』 好きな人 おすすめ】

みたいなキーワードで検索をしていて

 

森絵都ファンならきっとこれも好き」というページにたどり着く。

「森絵都ファンならきっとこれも好き!」2

もう更新の終了してしまった「森絵都ファンクラブ」というホームページ。

 

そこで、これかもしれない、というものを見つけた。

 

梨屋アリエさんの『でりばりぃAge』

第39回講談社児童文学新人賞受賞作
あの夏の、あの日、14歳のわたしは、1つの庭に飛び込んだ――。
思春期の微妙な心の揺れと成長をさわやかに描くひと夏の物語。

夏期講習を抜け出した14歳の真名子は、広い庭のある古びた家が気になって、入り込んでしまう。そこでは青年がひとり静かな時間を過ごしていた。彼と話していくうちに、真名子の悩みが少しずつ明らかになる。友情、家族、進路、誰もが共感する、思春期の苦悩を瑞々しい筆致で描いた講談社児童文学新人賞受賞作。

https://www.amazon.co.jp/でりばりぃAge-講談社文庫-梨屋-アリエ/dp/4062753774

でりばりぃAge (講談社文庫)

でりばりぃAge (講談社文庫)

 

 

きっとこれだ。 

 

なんとKindle版が出ていた。

泣きそうになりながらすぐに購入し読み始める。

 

これだった。

一愚さんは、いた。

名前の由来、お祖父さんのエピソードも

私が覚えているものだった。

 

正直、思い出補正もあるかもしれないから

読むのも半分怖かったが、今読んでもやっぱり好きだった。

 

私はもう主人公の年齢も一愚さんの年齢もとっくに追い越していた。

 

中学生のときに思った高校生や大学生は凄く大人だった。

でも実際自分がその年齢になるとまるで未熟で子どもだった。

今、私も小学生の子供くらいいてもおかしくない年齢になった。

子供から見たら大人でも

実際はとても足りなくて、弱くて、怖くて、恥ずかしい。

 

『でりばりぃAge』では中学生の主人公が母親に反発する。

教育熱心の空回り気味の母親に冷ややかな目を向けている。

当時は私も主人公に共感していたけれど

今読むとそんな目を向けられる母親の気持ちを思い苦しい。

 

彼女も必死で正しくあろうとしている大人だった。

子どもの頃は分からないことがたくさんあったんだな、改めて思った。

一愚さんの名前のエピソードのように

大人だって結局は不完全なのだということを

理解して許せるし手を差し伸べられる年齢になった。

 

・・・

 その後市立図書館の蔵書を検索したが

『でりばりぃAge』は置いていなかった。

どうりで見つからないわけだ。

 

インターネットのおかげで私は思い出の本に再び出会えた。

森絵都ファンクラブのホームページを

運営して下さっていた方、

おすすめ本に『でりばりぃAge』を挙げていたさちさん、

本当に感謝しています。

ありがとうございます。

 

そしてこの1か月、懐かしい本をたくさん見つける。

昔読んだ思い出の本をブログでまとめてみようかな。

 

上田岳弘『ニムロッド』あらすじ・感想(ネタバレ含)【第160回芥川賞受賞】

◆第160回芥川賞受賞作品は上田岳弘『ニムロッド』、町屋良平『1R1分34秒』

先日

第160回、平成最後の芥川賞受賞作品が発表されました。

上田岳弘さんの『ニムロッド』

町屋良平さんの『1R1分34秒』

の2作品が選ばれました。ぱちぱち。

 

第160回芥川賞受賞 ニムロッド

第160回芥川賞受賞 ニムロッド

 

  

第160回芥川賞受賞 1R1分34秒

第160回芥川賞受賞 1R1分34秒

 

 

 今回は上田岳弘さんの『ニムロッド』についてもろもろ書きます。

 

上田岳弘(うえだ たかひろ)さんとは、

・岳弘と書いて「たかひろ」と読む。(今までたけひろだと思っていました。)

・1979年生まれの39歳

早稲田大学卒業

・『私の恋人』で第28回三島由紀夫賞を受賞

(2016年のアメトーーク!の読書芸人の回で又吉さんに紹介本)

・IT企業の役員と作家の2足の草鞋を履く。兼業作家。

 

 

◆『ニムロッド』あらすじ(一部ネタバレ含む)

 

主人公中本は東京のIT企業で働くサラリーマン。

この度新設される仮想通貨採掘課でただ1人

ビットコインの採掘を任されることになる。

 

・・・

 

中本には恋人・田久保紀子がいる。

紀子は外資系証券会社で働くキャリアウーマン。

完璧に思える彼女だが、彼女には忘れることのできないトラウマがあった。

 

紀子は離婚歴がある。

彼女は結婚をしていた時、一度妊娠をした。

出産年齢的に若くはなかったので、出生前診断を受けることにした。

しかし、そこで胎児の染色体異常がわかる。

 

産むか産まないかの判断を、夫は紀子に委ねた。

紀子は悩みぬいて、産まない決断をした。

夫は紀子を支える姿勢を示してはいたが

彼女一人に委ねず、一緒に背負い考えるべきことだった。

このことがきっかけとなり、2人は離婚した。

 

彼女は、もう人類の営みにはのれない、と言った。

 

・・・ 

 

中本のもとには時折「ニムロッド」という人物から

メールが送られてきていた。

送られてくるメールは「駄目な飛行機コレクション」の紹介。

こんな謎のメールを送り付けてくるニムロッド。

ニムロッド、それは名古屋へ転勤した中本の先輩・荷室だ。

 荷室はうつ病により休職、のちに実家のある名古屋で復職をした。

仲の良かった中本は今でも荷室と連絡を取り合っている。

 

荷室がうつ病になった原因は

小説家志望の彼が新人賞の最終候補となるも

落選したことが大きいのではないか、と中本は推測している。

それでも荷室は時折小説を書いては

中本へメールで送ってくる。

 

そんな荷室から送られてくる不思議なメールに

紀子は興味をもつようになるー

 

ビットコインをまるで知らない人の『ニムロッド』の感想

 

まず、私はビットコインがあれほどニュースになっていたにも関わらず、

まるで知識がありませんでした。

 

なんだかすごくお金を稼いだ人がいるらしいぞ。

世間を騒がせていた話題のはずなのに

理解する気持ちが湧かないくらいには

私にとっては夢みたいな話で、別世界のお金でした。

 (ナカモトサトシさんのことも知らなかったので、

この設定も架空の話なのかと思っていたレベルです。)

 

買った日にすぐに読みました。

でも、感想を書くのに怖気づいてしまったのです。

それはビットコインの知識がないからとかではなく、

どこまで受け止められたのか、とても自信がなかったからでした。

 

哲学的という言葉は大変都合が良いのですが

そもそも私は哲学のこともよく分からないので

そんな言葉でまとめるわけにもいかず

数日間もやもやしていました。

しかしながら今感じているこのもやっとしたものを

とりあえず忘れないように書いてみます。

 

・・・

 

 

ビットコインの採掘を半端な形で終えてしまう中本。

過去のトラウマを抱えている紀子。

リハビリのように静かに小説を書き続ける荷室。

 

ラストでは紀子と荷室の自殺を仄めかす描写もありながら

連絡が取れなくなった今、中本にも我々にもそれを知る術はない。

 

何かを成し遂げることの美しさや正しさから

距離をとっていて、

無意味さや、自分の手の小ささや、容量の限界を

静かに許して、汚さないところ、貶めないところが

私はとても好きです。

 

そして荷室の書く小説に出てくる、人間の王ニムロッドは

莫大な資産を持ち、高い塔を建て、欲していた駄目な飛行機を揃えた時に

商人から問いかけられます。

 

「君の願いももう完璧に叶ったのではないか?それでも君はまだ、人間でい続けることができるのかな?」(p.106)

 

駄目で不完全で満ち足りない部分があるから人間であり

欲深くて臆病で滑稽でいることを許容されるのです。

人間に対する母性を見た気がします。

お母さんのお腹の中で見た夢のような気持ちになる不思議。

 

紀子や荷室の印象が強くて

中本さんはちょっと傍観者みたいな印象で

でもそんな中本さんだから紀子も荷室も彼のことを好んだのかな

なんて思いながら

今回はここまで。

 

第160回芥川賞受賞 ニムロッド

第160回芥川賞受賞 ニムロッド

 

 

私の恋人 (新潮文庫)

私の恋人 (新潮文庫)

 

 

  

村田沙耶香「信仰」あらすじ・感想(一部ネタバレ)【カルト/詐欺/現実】

 2019年の読書1作品目は1月7日発売『文學界2月号』の

村田沙耶香さんの新作「信仰」です。 

文學界 2019年2月号

文學界 2019年2月号

 

 

1月7日発売でしたが私の住む田舎では1日遅れての入荷でした。

こういうのが地方民は切ない。

1日そわそわして過ごしました。

 

村田沙耶香「信仰」のあらすじー「カルト始めない?」

「なあ、永岡、俺と、新しくカルト始めない?」(p.10)

冒頭はこう始まる。

 

永岡ミキは久しぶりに会った同級生・石毛にこんな誘いを受けた。

一緒にカルトを立ち上げて儲けよう、と持ち掛けられる。

立ち上げのメンバーにはもう一人の同級生、斉川さんが決まっていた。

 

斉川さんは大人しく真面目な子で

石毛のように人を騙して儲けようとするタイプには思えなかった。

 

なぜ彼女がこんな計画に加わっているのか?

話を聞くと、斉川さんは過去にマルチにはまって

浄水器を売っていたことがあるそうだ。

借金を作り、家族にも迷惑をかけ、友人も離れていったという。

 

ミキは石毛の誘いを断るつもりでいるが、

騙された苦い過去を持つ斉川さんが

この計画に参加する真意が気にかかり、2回目の集まりにも足を運ぶー

 

 

◆「信仰」ネタバレ含む感想(ぐちゃぐちゃ)

タイトルの「信仰」で心を掴まれます…。

ネタバレ込みで感想を書いていきますのでご注意ください。

 

中盤部分のざっくりしたあらすじはこんな感じ。

 

ミキは初め、一般的な価値観を持っているように思われた。

一般的、という言葉が相応しいのかは怪しいが

石毛の「人を騙して儲けよう」という誘いに難色を示したり

斉川さんのこと心配している様子は

良識のある、まともな反応をしているように思われた。

 

けれど、ミキはミキで

「現実」に固執していて

「現実」をあらゆる人に突きつけることを

善と信じ込んでいたことが明らかになる。

 

人を騙しているわけではないし

むしろ事実や現実を伝えているのだけれど

それは他人が大切にしている夢や希望を正論をふりかざし否定することで

ミキに「現実」を押し付けられた友人や妹は、ミキの元を離れていった。

 

ミキは現実しか信じられない自分を洗脳してほしいと斉川さんに縋る…。

 

ーーー

どこかタブーみたいに扱われる領域を描いた作品で

さすが村田先生…と思わずにはいられません。

 

マルチで商品を良いものと本気で信じて人に広めようとすること

原価は低いけれど高額なブランド物を褒めそやすこと

夢のために高いお金を払ってセミナーに通うこと

 

何がどう違うのって言われたら

どれも信じるものを信じているだけ。

信じているから行動するしお金を払う。

「みんな」がそれを信じるかどうかで、正しい、怪しいが決められていく。

 

その「みんな」に弾かれてしまったものだとしても

信じるものを叫べる人は強いと思うけれど

そんな人を

私は見てはいけないものを見てしまったような気持ちもしていた、

そんな自分が狡く恥ずかしい。

・・

『地球星人』でも「洗脳」という言葉はでてきていて、

 

自分がどうしてか世の中の人と違うみたいで

うまく馴染むことができなくて

それは多分よくないことで

不幸で間違いで嫌われることで

自分の存在を直さなきゃいけない、

 

みたいなことがこの作品でも書かれていて、

普通になりたい、と思う心を

どう受け止めていいのか未だにわからないまま。

 

かわいそう、悲しい、寂しい、怖い、

でもきっとそれだけではなくて

村田沙耶香さんの描く

どこか彷徨いながら壊れたような狂ったような人たちに

 

きっとどこか安心していて

私はまだ保って居られて、大丈夫って思っている部分を

ようやく認めようと思います。

 

 

◆マルチやインターネットビジネスについて書いた記事

www.mitsukaruko.net

村田沙耶香さんの他の作品の感想、過去記事はこちら。

www.mitsukaruko.net

 

www.mitsukaruko.net

 

 

文學界 2019年2月号

文學界 2019年2月号

 

 

地球星人

地球星人

 

 

砂川文次「戦場のレビヤタン」あらすじ・感想

 

 

先日第160回の芥川賞候補作が発表されました!

 

そこで砂川文次さんの「戦場のレビヤタン」(『文學界12月号』より)

が候補作に選出されましたので、簡単にあらすじと感想を書きたいと思います。

 

 

◆砂川文次「戦場のレビヤタン」第160回芥川賞候補作に!

文學界 2018年12月号

文學界 2018年12月号

 

 

 私がこの作品が収録されている文學界12月号を購入した時は

ちょうど安田純平さんのことがニュースになっていた頃で、

なんとなく「戦場のレビヤタン」の感想はまだ書かないでおこうと思いました。

自分の中でお蔵入りしていましたが

芥川賞候補になった今のタイミングで書いてみようと思います!

 

題名にもなっている「レビヤタン」は旧約聖書に出てくる海の怪物。

トマス・ホッブズの『リヴァイアサン』は有名ですが、

リヴァイアサンも読み方が違うだけでレビヤタンのこと。

 

参考までにウィキペディアのリンクはこちら。

レヴィアタン - Wikipedia

 

 

◆「戦場のレビヤタン」あらすじ・一部ネタバレ有

主人公のKは日本人だ。

現在はイラクの紛争地帯で武装警備員として働いている。

 

Kが紛争地帯で警備にあたる日々の中で

彼がなぜ安全な日本を離れたのか?

異国で、死と隣り合わせのような道を選んだのか?

 

Kは何を考えながら、今もなお死の側に身を置くのかが語られていく話。

 

 

ーーーー

 

Kが日本を離れ武装警備員となったのは

国を守りたい、戦争をなくしたいといった思いからではなかった。

 

Kはかつて日本では自衛隊にいた。

しかし、Kは繰り返される日常、予測できる未来に、いわば退屈していた。

Kの日本での過去はこのように振り返られている。

 

過去自分が経験した生活と呼ぶことすらおこがましい記号的消費者としての時間の浪費(p.100)

 

 Kは自衛隊を辞め、仕事をせずに1年程経過していた。

いつしかKは自分の生死以外への興味を失い、

いつ死が訪れるか分からないい危険な紛争地帯に希望を見るようになった。

 

そして、Kにとっては運よくそのチャンスが訪れた。

面接を受けに行った警備会社で、海外の前線で働くことになった。

 

ーーーー

 

しかしこの紛争地帯においても

退屈から逃れることはできないK。

今回の任務では
優秀なキャプテン、戦争中毒のランボーミャンマー人のジョン

そしてKの、4人でプラントの10日間の警備にあたる。

 

張り詰めた空気があるはずの一方で退屈な警備につきながら、

Kはこの現状と、個人的な過去について思いを巡らせる。

 

間違ってはいけないことは、我々が戦争を起こしているわけではなく、ましてや国や人がそんなことを始めようとしているわけでもなもなく、戦争それ自体が生き物で、その餌が土地と人であるということである。この生き物は巨大で透明で、そして強い。 正しく聖書で描かれる「レビヤタン」とはこいつのことではないかと思う。(p.98)

 

  

ーーーー

 

4人は無事に10日間の任務を終え

それぞれが休暇に入った。

休暇の最中に、キャプテンが亡くなった。

交通事故だった。

 

亡くなったキャプテンの役割をKが引継ぐことになり

1人新人が加わった4人でまた、任務につくことになるー

 

 

◆「戦場のレビヤタン」感想・一部ネタバレ有

 

砂川文次さんの作品は今回初めて読みました。

恥ずかしい話ですが私は世界情勢も詳しくなく地理も弱いので

こういった戦争の話はあまり読んだことがありませんでした。

なので、敷居の高さを感じながら読み始めました。

 

初めは出てくる用語も分からないものが多く戸惑いながらでしたが

分からないながらも、情景描写が巧みで渇きや煙たさに

息詰まるような思いをしながらその世界に沈んでいきます。

 

ーーー

Kは大義があるわけではなく、日本での退屈な日常から逃れたかった。

しかし、イラクで傭兵として過ごしていても

そこでもまた退屈で虚しさがあって…

 

Kのこの傭兵になった理由が「刺激を求めている」というと

陳腐に聞こえてしまいますが

どこにも、死しか救済しえないような懊悩は

読んでいても行き場がないような苦しさや、無力さを感じます。

 

退屈なKの日常の中でキャプテンの存在は静かに大きくて

そんなキャプテンのあっけない死に

どうしようもない気持ちになります…

キャプテンがいなくなっても、Kの生は当たり前に続いていく…

 

Kは自分がレビヤタンという怪物と戦うのではなく

怪物に餌をやり続けている側だと語るラスト。

生きている限り何をもっても回収することのできないこの闇に

私はうなだれることしかできないのでありました。

 

・・・・・ 

キャプテンがKに話した、

王ザッハークと悪霊イブリースの話は印象に残っています。

 

王書―古代ペルシャの神話・伝説 (岩波文庫)

王書―古代ペルシャの神話・伝説 (岩波文庫)

 

 

これは調べたところイランの『シャー・ナーメ』にでてくる話ですが、私は未読です。

これまた教養の無さが恥ずかしいですが、だからこそKと同じように

キャプテンの話を聞くことができたと思うことにします…。

 

Kがそれから感じたことは次のように語られていたのもまた

忘れられないシーンでありました。

自分が蛇か、若者を助けた従者か、それともザッハークか、そのいずれだろうか、ということである。自分がここにいる代わりに、誰かがどこかもっと安全で快適な場所で生きていけるのだろうか。あるいは自分がここにいるのは、すでに犠牲になった誰かのためか。ひょっとすると自分はこれから誰かを殺して、その代わりに誰かを助ける側かもしれないな、と考えたが、その実どれもしっくりこなかった。喰われる側にはなりたくなかった。(p.94)

 

ーーーーー

 

文學界 2018年12月号

文學界 2018年12月号

 

 

旧約聖書 創世記 (岩波文庫)

旧約聖書 創世記 (岩波文庫)

 

 

王書―古代ペルシャの神話・伝説 (岩波文庫)

王書―古代ペルシャの神話・伝説 (岩波文庫)

 

 

ーーーー

◆第160回芥川賞受賞作発表は2019年1月16日!

さて、来年の1月16日に受賞作が決まります。

毎回選評と会見が楽しみです。

今回社会学者の古市憲寿さんの『平成くん、さようなら』が候補作になり

連日話題になっていますね。

 

その影響から 先日の書いた『平成くん、さようなら』の感想への

アクセスが増えていてテレビの力に慄いています…

www.mitsukaruko.net

(個人的にはどちらかといえば直木賞でも良かったのではないかとも思っています。)

 

ーーーー

個人的に芥川賞本命は

坂上秋成さんの「私のたしかな娘」と予測していたのですが

惜しくも候補にならず…。

いずれ書籍化するか分かりませんが、もしまだ手に入るようなら

文學界10月号をおすすめします。

www.mitsukaruko.net

 

 

【芥川賞受賞作品おすすめ5選】ー初めて純文学を読むならこれ!

◆第160回芥川賞候補作は12月17日発表!

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まもなく160回の芥川龍之介賞の候補作も発表されますね!

2018年12月17日(月)に発表されるそうです。

選考会は2019年1月16日(水)です。あと1か月!

 

ところで毎回話題になる芥川賞作品ですが

実はあまり読んだことない方もいらっしゃるのではないでしょうか。

最近では又吉さんの『火花』は大きく話題になりましたが

<まだまだあるよ!芥川賞おすすめ作品!>

を勝手に紹介したいと思います。

 

純文学は退屈そうでちょっと…という方にむけて

普段あまり本を読まない方も

きっと一気に読んでしまいそうなものを5作品選んでみました。

文庫本になっているのでお手頃で手に取りやすいですよ。

 ◆村田沙耶香コンビニ人間』(155回芥川賞

読みやすいレベル★★★★★

コンビニ人間 (文春文庫)

コンビニ人間 (文春文庫)

 

・内容は重くても設定で心を掴まれるしストーリーが展開していくので面白い。

・時代も現代なので読みやすいしチャレンジしやすい。

 

村田沙耶香さんの作品は過去記事でもおすすめしています↓ 

www.mitsukaruko.net 

www.mitsukaruko.net

 

  

津村記久子『ポトスライムの舟』(140回芥川賞

読みやすいレベル★★★★★ 

ポトスライムの舟 (講談社文庫)

ポトスライムの舟 (講談社文庫)

 

・世界一周旅行の費用163万円を、年収163万円の主人公が貯めようとする話。

・淡々と、暗く沈み込みこまないので 万人におすすめ。

・津村さんの『君は永遠にそいつらより若い』もおすすめ。

 

 

中村文則『土の中の子供』(133回芥川賞

読みやすいレベル★★★☆☆

土の中の子供 (新潮文庫)

土の中の子供 (新潮文庫)

 

・虐待された過去をもち、その記憶から逃れられない主人公。

・過去のなにかを忘れたい捨てたいという感情に身に覚えのある方へ。

・重くて暗くて閉塞感漂うけれどそれだけじゃないようです。

 

 

田中慎弥『共喰い』(146回芥川賞

読みやすいレベル★★☆☆☆ 

共喰い (集英社文庫)

共喰い (集英社文庫)

 

芥川賞受賞会見で「もらっといてやる」発言で話題になったあの方。

・主人公は、父親がセックスの時に女性に暴力をふるうことに激しい嫌悪感を抱いてきた。しかしその父の血が自分にも流れている自分も、いつか父のようになるのではないかという恐怖を感じている…

・時代設定は昭和63年、方言もあるので普段本を読まない人はやや抵抗あるかもしれませんがおすすめ。

・個人的にはまさに芥川賞的な作品だと思っています。文章も厚いです。

 

大江健三郎『飼育』(39回芥川賞

 読みやすいレベル★★☆☆☆

死者の奢り・飼育 (新潮文庫)

死者の奢り・飼育 (新潮文庫)

 

・とある村に、戦時中に飛行機が墜落し、乗っていた黒人兵を「飼う」話。

大江健三郎の初期の名作。短編ですがずっしりきます。

・読む覚悟をもってどうぞ。

・暴力やらひどいのが駄目な方は注意。

・収録されている『死者の奢り』他も面白いので買って損なしの1冊。 

 

ーーーーーー

とりあえず初めてなにか読んでみたいな~という方に向けて

5冊おすすめしてみました!

 

第160回の芥川賞は一体どうなるのかわくわくです。

 

古市憲寿『平成くん、さようなら』感想【あらすじ・ネタバレ有】

 古市憲寿さんの『平成くん、さようなら』を読んで。

今回はあらすじと感想を書きたいと思います。
ーーーーー

で区切っているので

最後まで知りたくない方は途中でやめて

本を買って読んでね。

 そもそも、この本の良さは内容だけでは伝えられなくて

細かいところに「今」の時代が書き込まれていて

それを読んでこその面白さが大きいです。

 

ちなみにこんな記事を昨日は書きました。

 

www.mitsukaruko.net

 

◆『平成くん、さようなら』あらすじ(ネタバレ有)

 彼は突然、安楽死を考えている、と恋人に伝えた。

 

彼は1989年に生まれた。

今年で29歳だ。

文化人という立場で現在活躍している。

彼が、若くして現在のような立場にいるのは実績は勿論だが

運とその名前によるものがある。

彼の名前は「平成」と書いて「ひとなり」という。

まさに平成という時代を象徴するような若者だった。 

 

平成君の恋人である愛ちゃんが、この物語の語り手。

亡くなった父親が有名な漫画家で、母親は著作権利会社の社長。

母の仕事の手伝いながら

一応アニメプロデューサーという肩書で活動している。

 

2人はもう2年近く同棲しているが、2人の間にセックスはない。

平成君が、それを好まないからだった。

お互いに好意は抱いているし、大切に思っている。

 

これは

安楽死が合法化された平成の終わりを迎える日本での

少し変わった2人の物語。

 

ーーーーー

 平成くんは平成という時代が終わりを迎えるのと同じように

自分の人生にも幕を引こうと考えている。

 

平成が終わった瞬間から、僕は間違いなく古い人間になってしまう。(中略)だけどもはや、新しい人ではなくなる。時代を背負った人間は、必ず古くなっちゃうんだよ。(p.23-24)

 

愛ちゃんは好きな人がそんな風に死のうとしているに反対する。

平成という時代が終わるから

なんていう理由で彼が死を選択することを

受け入れられずにいるが、平成くんの意思は変わらない。

平成くんは着々と自分の死に向けて安楽死の情報を集め準備を進めている。

 

ーーーーー

 

そんな中、愛ちゃんが飼っている猫・ミライの容体が悪化する。

ミライは老齢ということもあり、体力の限界がきていた。

愛ちゃんはミライの様子を気にしながらも、仕事のために家を離れる。

 

そして帰宅するとミライの姿はない。

平成くんが、再び苦しみだしたミライを動物病院に連れていき

安楽死を依頼し、ミライは死んで、火葬された後だった。

 

愛ちゃんは怒るが、平成くんはミライは苦しんでいたからと説明する。

それでも愛ちゃんが怒っていた姿

悲しんでいた姿を見て

平成くんの心に少し変化があった。

 

死んだ人のことを誰もが忘れるのは悲しいから

死んだ人のことを忘れないでいること

思い出すことを大切なことだ

という愛ちゃんの気持ちを受け入れたようだった。

 

 

ーーーーーラストまでネタバレしますーーーーー

 

 

 

そして、平成くんは愛ちゃんに隠していたことを打ち明ける。

目の病気であること、視力が急激に落ちていて

何も見えなくなる日が近づいている、ということを。

 

それは平成くんが愛ちゃんとのセックスを拒む理由でもあった。

子供ができたときに遺伝するのを恐れていた。

 

ーーーーー

 

その告白の後、平成くんは愛ちゃんの元から姿を消すが

3か月後に帰ってきて、愛ちゃんに白い箱を渡す。

それは

「ねぇ平成くん」

と話しかけると

平成くんの声で、平成くんの言いそうなことを答える

スマートスピーカーだった。

 

平成くんはそのスマートスピーカーを愛ちゃんに渡して

また姿を消した。

そのとき彼は死ぬかどうか迷っている、と言った。

 

今、平成くんが生きているのか、死んでいるのか分からない。

それでも「ねぇ平成くん」と話しかけると

平成くんの声で、答えが返ってくる。

 

平成くん、さようなら

平成くん、さようなら

 

 

◆『平成くん、さようなら』の感想

前回の服の記事でも書いたけれど

本当に「今」なんです。

この本が、あーなんか平成とか懐かしいねってなる前に

平成くんのために読んであげてほしいと思うような話。

 

これがあまりにも「今」だから

10年もたてば、全部が古いものになっていて

20年もたてば、若い子はこのでてくる固有名を

いちいち調べないとまるで分からないかもしれない。

そういう時間の残酷さみたいなものを全部承知で

平成という時代に捧げるような話。

 

この小説で私たちの生きた時代をセーブしてもらったような感覚。

 

ーーー

 

ずっと飄々としていて掴みどころのないような平成くんが

終盤で見せる儚さや脆さに…。

 

そういえば愛ちゃんはよく

「ねぇ平成くん」

と話しかけていたっけ。

 

ラストはよかったなぁ。

  

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