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砂川文次「戦場のレビヤタン」あらすじ・感想

 

 

先日第160回の芥川賞候補作が発表されました!

 

そこで砂川文次さんの「戦場のレビヤタン」(『文學界12月号』より)

が候補作に選出されましたので、簡単にあらすじと感想を書きたいと思います。

 

 

◆砂川文次「戦場のレビヤタン」第160回芥川賞候補作に!

文學界 2018年12月号

文學界 2018年12月号

 

 

 私がこの作品が収録されている文學界12月号を購入した時は

ちょうど安田純平さんのことがニュースになっていた頃で、

なんとなく「戦場のレビヤタン」の感想はまだ書かないでおこうと思いました。

自分の中でお蔵入りしていましたが

芥川賞候補になった今のタイミングで書いてみようと思います!

 

題名にもなっている「レビヤタン」は旧約聖書に出てくる海の怪物。

トマス・ホッブズの『リヴァイアサン』は有名ですが、

リヴァイアサンも読み方が違うだけでレビヤタンのこと。

 

参考までにウィキペディアのリンクはこちら。

レヴィアタン - Wikipedia

 

 

◆「戦場のレビヤタン」あらすじ・一部ネタバレ有

主人公のKは日本人だ。

現在はイラクの紛争地帯で武装警備員として働いている。

 

Kが紛争地帯で警備にあたる日々の中で

彼がなぜ安全な日本を離れたのか?

異国で、死と隣り合わせのような道を選んだのか?

 

Kは何を考えながら、今もなお死の側に身を置くのかが語られていく話。

 

 

ーーーー

 

Kが日本を離れ武装警備員となったのは

国を守りたい、戦争をなくしたいといった思いからではなかった。

 

Kはかつて日本では自衛隊にいた。

しかし、Kは繰り返される日常、予測できる未来に、いわば退屈していた。

Kの日本での過去はこのように振り返られている。

 

過去自分が経験した生活と呼ぶことすらおこがましい記号的消費者としての時間の浪費(p.100)

 

 Kは自衛隊を辞め、仕事をせずに1年程経過していた。

いつしかKは自分の生死以外への興味を失い、

いつ死が訪れるか分からないい危険な紛争地帯に希望を見るようになった。

 

そして、Kにとっては運よくそのチャンスが訪れた。

面接を受けに行った警備会社で、海外の前線で働くことになった。

 

ーーーー

 

しかしこの紛争地帯においても

退屈から逃れることはできないK。

今回の任務では
優秀なキャプテン、戦争中毒のランボーミャンマー人のジョン

そしてKの、4人でプラントの10日間の警備にあたる。

 

張り詰めた空気があるはずの一方で退屈な警備につきながら、

Kはこの現状と、個人的な過去について思いを巡らせる。

 

間違ってはいけないことは、我々が戦争を起こしているわけではなく、ましてや国や人がそんなことを始めようとしているわけでもなもなく、戦争それ自体が生き物で、その餌が土地と人であるということである。この生き物は巨大で透明で、そして強い。 正しく聖書で描かれる「レビヤタン」とはこいつのことではないかと思う。(p.98)

 

  

ーーーー

 

4人は無事に10日間の任務を終え

それぞれが休暇に入った。

休暇の最中に、キャプテンが亡くなった。

交通事故だった。

 

亡くなったキャプテンの役割をKが引継ぐことになり

1人新人が加わった4人でまた、任務につくことになるー

 

 

◆「戦場のレビヤタン」感想・一部ネタバレ有

 

砂川文次さんの作品は今回初めて読みました。

恥ずかしい話ですが私は世界情勢も詳しくなく地理も弱いので

こういった戦争の話はあまり読んだことがありませんでした。

なので、敷居の高さを感じながら読み始めました。

 

初めは出てくる用語も分からないものが多く戸惑いながらでしたが

分からないながらも、情景描写が巧みで渇きや煙たさに

息詰まるような思いをしながらその世界に沈んでいきます。

 

ーーー

Kは大義があるわけではなく、日本での退屈な日常から逃れたかった。

しかし、イラクで傭兵として過ごしていても

そこでもまた退屈で虚しさがあって…

 

Kのこの傭兵になった理由が「刺激を求めている」というと

陳腐に聞こえてしまいますが

どこにも、死しか救済しえないような懊悩は

読んでいても行き場がないような苦しさや、無力さを感じます。

 

退屈なKの日常の中でキャプテンの存在は静かに大きくて

そんなキャプテンのあっけない死に

どうしようもない気持ちになります…

キャプテンがいなくなっても、Kの生は当たり前に続いていく…

 

Kは自分がレビヤタンという怪物と戦うのではなく

怪物に餌をやり続けている側だと語るラスト。

生きている限り何をもっても回収することのできないこの闇に

私はうなだれることしかできないのでありました。

 

・・・・・ 

キャプテンがKに話した、

王ザッハークと悪霊イブリースの話は印象に残っています。

 

王書―古代ペルシャの神話・伝説 (岩波文庫)

王書―古代ペルシャの神話・伝説 (岩波文庫)

 

 

これは調べたところイランの『シャー・ナーメ』にでてくる話ですが、私は未読です。

これまた教養の無さが恥ずかしいですが、だからこそKと同じように

キャプテンの話を聞くことができたと思うことにします…。

 

Kがそれから感じたことは次のように語られていたのもまた

忘れられないシーンでありました。

自分が蛇か、若者を助けた従者か、それともザッハークか、そのいずれだろうか、ということである。自分がここにいる代わりに、誰かがどこかもっと安全で快適な場所で生きていけるのだろうか。あるいは自分がここにいるのは、すでに犠牲になった誰かのためか。ひょっとすると自分はこれから誰かを殺して、その代わりに誰かを助ける側かもしれないな、と考えたが、その実どれもしっくりこなかった。喰われる側にはなりたくなかった。(p.94)

 

ーーーーー

 

文學界 2018年12月号

文學界 2018年12月号

 

 

旧約聖書 創世記 (岩波文庫)

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王書―古代ペルシャの神話・伝説 (岩波文庫)

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◆第160回芥川賞受賞作発表は2019年1月16日!

さて、来年の1月16日に受賞作が決まります。

毎回選評と会見が楽しみです。

今回社会学者の古市憲寿さんの『平成くん、さようなら』が候補作になり

連日話題になっていますね。

 

その影響から 先日の書いた『平成くん、さようなら』の感想への

アクセスが増えていてテレビの力に慄いています…

www.mitsukaruko.net

(個人的にはどちらかといえば直木賞でも良かったのではないかとも思っています。)

 

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個人的に芥川賞本命は

坂上秋成さんの「私のたしかな娘」と予測していたのですが

惜しくも候補にならず…。

いずれ書籍化するか分かりませんが、もしまだ手に入るようなら

文學界10月号をおすすめします。

www.mitsukaruko.net