◆『文學界12月号』特集:書くことを「仕事」にする
今月の文學界は買いです。
この特集が良かったです。
東浩紀さんのインタビューはなんだか涙でそうになったし、
犬山紙子さんの「書くことを仕事にしたいと言えなかった日々から」も良かったんだ。
この特集目当てで買ったんですが、松浦寿輝さんの作品を初めて読みました。
「人類存続研究所の謎
あるいは動物への生成変化によって
ホモ・サピエンスははたして幸福になれるのか」
という作品。
タイトル長い。
作品名だけ見てSFなのかな?と思いながらも読み進めたところ…
とんでもないものを見せられてショックを受けながらも
恐る恐る読み返しています。
(汚いのや気持ち悪いのもOKという方には紹介したいです)
◆「人類存続研究所の謎あるいは動物への生成変化によってホモ・サピエンスははたして幸福になれるのか」あらすじ
※一部ネタバレ含みます
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主人公は俳人の月岡草飛(そうひ)
これは月岡のおぞましい、とある1日の話。
月岡の本日の予定は「犬セラピー」と「研究所ーIHSの見学」。
まずは「犬セラピー」へ向かう。
「犬セラピー」では初めに問診シートに記入をするが
月岡は慣れた風に問診シートの項目を書いた。
・犬
・ゴールデン・ドゥードル
・性別:♂
・年齢:六ヶ月
・呼び名:マルコ
・小
・・・
問診シートを記入し、待っていると浴室兼洗面所に案内をされる。
ここで月岡は服を脱ぎ、奥の部屋へ向かう。
するとそこには中年の女性がいた。
女性は月岡に向かって「マルコちゃん」と声をかける。
女性はマルコの飼い主役だった。
その瞬間、頭の中で何かの配線がかちりと小さな音を立てスイッチされ、とたんに月岡ではなくなったマルコは、キャンキャンと小さく鳴きながら小走りに寄っていき、女の腹に頭をこすりつけてクーン、クーンと鼻声を出した。(p.69)
月岡は仔犬のマルコになりきった。
犬セラピーでは、犬として振る舞い人間の女に甘えた。
マルコちゃんは可愛いよ、世界でいちばん可愛い仔犬だよ、と女が耳もとで囁きかけてくれる。何の危険も葛藤も悪意もない世界を、マルコはぬるいお湯の中を漂うように漂いつづけた。(p.71)
飼い主と遊び、飼い主に撫でられ、可愛いと囁かれる。
飼い主を噛み、叱られ、許される。
そんな繰り返しだった。
そんな幸福な時間も、ベルが鳴り終わりを告げられる。
それまでマルコを可愛いと撫でてくれていた女は表情を消し部屋を去る。
マルコは月岡に戻った。
月岡は金を払う。
60分コースの「小」。
汚したカーペットのクリーニング代も請求され高い金を払った。
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次の予定はIHS。
IHSはInstitute for Human Survivalー人類存続研究所、だ。
月岡が人類存続研究所を訪ねるのは初めてだ。
活動趣旨を理解し寄付をして貰えないかと打診されていた。
しかし、その研究所はどうもおかしい
騙されやすいAIの研究、エッシャーの絵の立体制作…
そしてバイオ部門の研究をしており
遺伝子組み換えの実験をしているというー
そこであるものを見て、月岡は研究所を逃げ出した
◆「人類存続研究所の謎あるいは動物への生成変化によってホモ・サピエンスははたして幸福になれるのか」感想
前半部分での犬セラピーですでに精神的にダメージを受けます。
犬セラピーって、犬と触れ合って心を癒す…みたいなものだと思って読んでいたので。
そっちの方か…
私は存じ上げませんが、世の中にはこういうお店も実際あるのでしょうか。
こういうプレイ好きな人もいるのはなんとなく分かるけれど
アブノーマルなものは人の心を蝕む。
そしてここからさらに精神的にダメージを与えるIHS。
明らかにおかしい研究をしているIHS。
「バイオ部門の研究」なんて嫌な予感しかしないけれど
私も途中で引き返せず読んでしまい…
(私はその生物の名を文字として目にするのも、書くのも嫌ですが)
不快極まりなく
絶対読みたくもないものなのに、読み進ませる面白さが怖いのでした。
はさみこまれる月岡の俳句も上手いものだと思ってしまうから
不快さをさっと濯がれてしまう。
月岡がその日見た絶望が、彼らの希望によって作られたものであること。
その放射能の耐性が強いというアレのDNAを組み込んで生まれた生物は
人間よりも強く丈夫かもしれないし
人間の品位を投げ出し、犬セラピーで犬として振る舞い感じられる幸福もある
人間としての幸福をどこまで信じて守るのかを思うと
どっと疲れてしまって
月岡が句を詠んだように
美しいものに思いを馳せて眠ってしまいたくなります。